【鬼滅の刃】冨岡義勇が柱稽古に参加しない理由は?過去と姉と錆兎と羽織について

鬼滅の刃

漫画『鬼滅の刃』に登場する冨岡義勇は鬼殺隊を支える戦力の中核をなす『柱』の水柱を担う剣士です。

劇中の彼はとにかく無口で無表情かつ言葉足らずで敵を作りがちですが、柱稽古編では稽古に不参加を表明し、それが顕著に目立ち孤立しています。

それでは義勇が柱稽古に参加せず、自分を水柱と認めていないのはどういった事情からくるのでしょうか。

今回は冨岡義勇の過去と柱稽古についてご紹介したいと思います。

 

この記事で紹介する内容は?

  1. 冨岡義勇が柱稽古に参加しない理由
  2. 冨岡義勇の過去・最終選別
  3. 冨岡義勇の姉・蔦子と錆兎について
  4. 冨岡義勇の羽織について
  5. 冨岡義勇が柱稽古に参加を決意した理由
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冨岡義勇が柱稽古に参加しない理由

自分にかまう竈門炭治郎を突き放す冨岡義勇

引用元:吾峠呼世晴『鬼滅の刃』 出版:集英社

柱稽古変の冒頭の柱合会議にて、痣の発現について話し合っていたところ冨岡義勇だけは「俺には関係ない」「俺はお前たちとは違う」と言って他の柱たちの顰蹙を買い退出しようとしていますが、これは義勇には義勇なりの事情があっての発言でした。

では、冨岡義勇の発言にはどういった意図があったのでしょうか。

冨岡義勇は最終選別を突破せず鬼殺隊に入隊

鬼殺隊に入隊するには藤の花の山で行われる最終選別で7日間生き残る必要がありますが、義勇は生き残っているものの、その突破の在り方について今も思うところがあるというのが義勇の事情であり、本人が自分を「水柱」と認められない背景です。

冨岡義勇と錆兎の関係

冨岡義勇と錆兎は同い年の天涯孤独の身であり、二人とも鱗滝左近次の弟子にあたります。

義勇が最終選別を受けた年に錆兎も選別を受けており、その年の選別で死亡したのは錆兎ただ一人となります。

錆兎はその年の最終選別で一番の強さを持っており、鬼をほとんど一人で討伐。義勇は最初に襲い掛かってきた鬼に怪我を負わされて朦朧としているところ、錆兎が助けてくれました。そして、錆兎は怪我をした義勇を他の者に預け、自分は助けを呼ぶ声の方へ颯爽と向かっていった──つまり、選別中は人助けに尽力していました。

しかし、竈門炭治郎の最終選別で描かれた通り、錆兎は手鬼に殺されてしまいます

怪我を負った義勇が目を覚ましたときには最終選別の7日間を生き延びて選別に受かった後でしたが、他の受験者から今回の最終選別で死亡したのは錆兎ただ一人と聞くことになるのです。

冨岡義勇が自分を「水柱」と認めていない理由

義勇は確かに最終選別を『7日間生き延びて』ていますが、最初に遭遇した鬼に怪我を負わされたあとは気を失い、寝てる間に選別を受かりました。

そのため、一体の鬼も倒さず助けられただけの人間が選別に通ったと言えるのかと思い詰めており、自分を水柱になっていい人間ではないと卑下しています。

そのことから他の柱たちと対等に肩を並べていい人間ではない、本来なら彼らと違う自分に鬼殺隊の居場所はないと考えているらしく、柱たちとも距離を置いています。なお、言葉足らずすぎて不死川や伊黒の顰蹙を買い嫌われることに。

柱稽古編冒頭の柱合会議にて、さっさと退出しようとしたのは本来では柱の立場にない自分には『痣』は発現しないと考えての行動でした。

冨岡義勇の過去

冨岡義勇の両親は病死しており、幼少期は姉の蔦子と二人暮らしをしています。(※家族構成は元は4人家族)

両親の遺産で最低限の生活は送れていたようです。

冨岡義勇の姉・蔦子が鬼に殺害される

両親の死後、二人は平和に暮らしており、蔦子は結婚が決まっていました。(義勇が13歳の頃?)

しかし、祝言を挙げる前日に冨岡姉弟は鬼の襲撃を受けてしまい、蔦子は義勇を守るために鬼の見えないところに彼を隠し、自らは鬼に殺害されてしまうのです。

冨岡義勇が鱗滝左近次の下へ来た経緯

姉・蔦子が鬼に殺害された後、義勇は姉が鬼に殺害されたと周囲に証言しますが、義勇の周りの人間は姉を失ったばかりの子供の妄言と捉えたらしく、義勇を『心の病気』と判断。

冨岡家の遠方の親戚に医者がいることから、義勇は親戚のところに連れて行かれてしまいますが、道中で義勇は逃亡。そして、山の中で死にかけていたところを鱗滝の知り合いである猟師に助けられ、鱗滝の下へやってきたという経緯です。

冨岡義勇と錆兎の出会い

義勇が鱗滝左近次の下へやってきたのは13歳の頃であり、すでに錆兎も鱗滝の下にいました。

年のころは当時二人とも13歳、そして、鬼に身内を殺されたという境遇からすぐに仲良しになりました。

ちなみに、この頃の義勇にはまだ同年代の友達と話して笑顔になる余裕があります。

冨岡義勇の自責の念|笑わない理由

義勇が笑わなくなったのはおそらく最終選別以降からになります。

義勇は最終選別で錆兎が死んだことから『自分が死ねばよかった』と思い詰めており、炭治郎の見解では錆兎が生きていれば痣の発現も期待できるほどの凄い剣士に育っていたという考えから柱稽古編では余計に自分を卑下していると思われます。

また、その思考に繋いでいるのは過去に自分を庇って死亡した姉・蔦子の存在であり、義勇は祝言を挙げる予定だった蔦子が自分を守るために死んでしまったことに自責の念に駆られています

二つの出来事が義勇が笑わない理由・笑えなくなった理由だと考えられます。

なお、大好物の鮭大根が出されると食べるときに微笑んだという噂があり、実際に目の当たりにした胡蝶しのぶは突然の出来事を目の当たりにして「あの、こっちに顔向けないで食べてもらえませんか?すみません…」引いています。

冨岡義勇の羽織は錆兎と蔦子の形見

冨岡義勇が着用する羽織は右半分が無地で左半分は毘沙門亀甲の柄をデザインされた『片身替り』です。

実はこの羽織、蔦子と錆兎が着用していた羽織を繋ぎ合わせたものであり、義勇にとってこの羽織は二人の形見となります。

  1. 右側の無地:蔦子の着物
  2. 左側の毘沙門亀甲:錆兎の着物
また、錆兎の着物は元は鬼に殺された父親の形見になります。

ボロボロになった羽織を禰豆子が修繕

義勇の羽織は鬼舞辻無惨および十二鬼月との激戦が描かれた無限城編で元の布地が減るほどにボロボロになってしまいます。

しかし、最終決戦後に禰豆子がボロボロになった義勇の羽織を綺麗に繕いました

蔦子と錆兎の形見である羽織がほとんど元通りになった義勇は感動して禰豆子に着物や洋服・髪飾りに宝石といった山ほどのプレゼントを贈りました。なお、その行動のせいで善逸から敵認定を受けています。

冨岡義勇は竈門炭治郎の言葉で柱稽古に参加

冨岡義勇が柱稽古に不参加なのは錆兎への自責の念が主だった理由でしたが、竈門炭治郎には義勇の気持ちが強く理解できました。

炭治郎は無限列車編で炎柱・煉獄杏寿郎と共闘した結果、煉獄に守られる形で生き延びましたが、煉獄は上限の参・猗窩座に敗れ死亡しました。煉獄は誰よりも優しく強かった、見事な生きざまを見せた凄い人物であり、今の炭治郎も煉獄がいればいつかは鬼舞辻無惨を倒す剣士に育っていたのではないか、煉獄の代わりに自分が死んだから良かったんじゃないかと思ったこともあります。

また、狭霧山で稽古をつけてくれた錆兎にも生きていれば凄い剣士になっていたと義勇と同じ見解を抱いていることから、炭治郎は義勇と自分を重ねることができたのです。

しかし、炭治郎は煉獄に最期に言われた言葉──竈門少年、俺は君の妹を信じる。今度は君たちが鬼殺隊を支える柱となるのだ。君たちを信じる──を励みに、煉獄の意志に応えるため前に進めていました。

一方で義勇は本人こそ自分を認めていないものの自分を叱咤し続け水柱の位置に上るつめるほどの苦しい思いと努力をして叩き上げてきました。

しかし、義勇のことを何も知らない炭治郎がとやかく言える筋合いはありませんが、炭治郎はどうしても一つだけ聞きたいことがあり、義勇へとある言葉をぶつけるのです。

「義勇さんは錆兎から託されたものを繋いでいかないんですか?」

炭治郎からの質問を受けた刹那、義勇はかつて錆兎に頬を叩かれたことを思い出しました。

それは狭霧山で修業を積んでいた頃の話で、義勇は蔦子の代わりに自分が死ねばよかったと錆兎に語ると、錆兎は激怒して義勇の頬を叩いたのです。

錆兎が怒った理由は義勇のその発言は姉への冒涜であるというもので、翌日に祝言を挙げる予定だった姉は義勇が自責の念に駆られるのを承知の上で義勇を鬼から隠し守って死んだ──その姉を冒涜するような言葉を他の誰でもない義勇自身が二度と言うなと怒りました。

そして、「お前は絶対に死ぬんじゃない。姉が命をかけて繋いでくれた命を──託された命をお前も繋ぐんだ、義勇」と発破をかけるため頬を叩いたのでした。

義勇は最終選別で錆兎が死亡した際に号泣し、錆兎や蔦子のことを思い出すと悲しすぎて何もできなくなったから極力思い出そうとせず、今では当時のやりとりさえ忘れていましたが、炭治郎の「託されたものを繋いでいかないんですか?」という言葉でかつて錆兎に頬を張り飛ばされた衝撃と痛みが蘇りました。

竈門炭治郎が柱稽古編で義勇の下を訪れたのは、産屋敷耀哉から「独りで後ろを向いてしまう義勇が前を向けるよう根気強く話してやってくれないか」という手紙を受けて額面通りに受け取ったため。(耀哉は病気が進行し動けないために炭治郎に文を送った)

昼夜問わず付きまとい話しかけている炭治郎に義勇は困惑。一生これが続くのか不安になったところ、わずか四日で音を上げ自分のことを打ち明けるに至りました。

冨岡義勇と竈門炭治郎の早食い勝負

大事なやりとりだった筈なのに今まで忘れていた未熟な自分を恥じて蔦子と錆兎に謝罪する義勇。

しかし、炭治郎視点では自分の発言直後に唐突にションボリ状態だったため、何か追い打ちをかけるような酷いことを言ってしまったのではないかとハラハラします。そこで炭治郎が思いついたのは『早食い勝負』。早食いなら寡黙な義勇も喋る必要もなく、勝負で炭治郎が勝てば稽古に誘える名案です。

一方で義勇は炭治郎のおかげで『錆兎や蔦子から託されたもの』を思い出したため、振り返ると柱稽古への参加を表明しようと口を開きかけますが、言葉を遮るように炭治郎からざるそばの早食い勝負を提案されたため勝負することに。

このタイミングで「なんで?」と疑問に思う義勇でしたが、次のコマでは二人がざるそば早食い勝負をしている様子が描かれており、遠回りながらも晴れて義勇も本格的に柱稽古に参加することになりました。

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まとめ

  1. 冨岡義勇が柱稽古に参加しないのは自分を柱と認めていないのが理由
  2. 冨岡義勇の両親は病死しており、姉・蔦子と二人暮らししていたが、蔦子の祝言が決まっていた前日に鬼に襲われると、蔦子は義勇を隠して鬼に殺される
  3. 冨岡義勇は姉の死後に「心の病」と勘違いされ遠方の親戚に送られる最中に逃亡し、鱗滝左の知り合いである猟師に助けられ、鱗滝左近次の下へ辿り着く
  4. 冨岡義勇は鱗滝左近次の下で同い年で鬼に身内を殺された錆兎と出会い、仲良くなる
  5. 冨岡義勇は最終選別で錆兎に助けられて鬼を一体も倒さずに気を失っている間に受かったため、自分を水柱になっていい人間ではないと卑下している
  6. 冨岡義勇は蔦子と錆兎の死から自責の念に駆られており笑わなくなった
  7. 冨岡義勇の『片身替り』の羽織は蔦子と錆兎の羽織で作られた二人の形見
  8. 冨岡義勇は竈門炭治郎の「義勇さんは錆兎から託されたものを繋いでいかないんですか?」という言葉で錆兎に「お前は絶対に死ぬんじゃない。姉が命をかけて繋いでくれた命を──託された命をお前も繋ぐんだ、義勇」と言われたことを思い出し、柱稽古に参加を決意

無表情・無口・不愛想で空気が読めず、言葉足らずのせいで柱たちから嫌われている義勇ですが、義勇には義勇なりに事情がありました。

蔦子と錆兎は二人とも義勇を守って死んだため(錆兎の場合は厳密には人助けのため)、義勇はそのことから自責の念に駆られ、自分を水柱と認めず柱たちと一線を画していましたが、言葉足らずのせいで顰蹙を買うばかりです。

ですが、柱稽古編で『託されたものを繋ぐ』という目的を思い出したことで、義勇はようやく前に進めるようになりました。



鬼滅の刃 公式ファンブック 鬼殺見聞録

作者:吾峠呼世晴
出版社:集英社

   

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